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流血試合が炙り出す陥穽の裏側に潜む深層②(後編)

銀髪鬼・フレッド・ブラッシーがグレート東郷の額に噛みつき食い破った肉片の正体は、レフリーのユセフ・トルコのイタズラで包帯用のタオルに入れたイチゴジャムだったことが門茂男の「ザ・プロレス365」には著されている。ギミックの流血試合は唾棄されるべき最低の部類のものだ。

カミソリの自傷行為も同じギミックではないのか?という疑問を呈する者もいるが、少なくともこのギミックには肉体に苦痛が伴う行為で、鑑賞用疑似格闘技ショーであるプロレスだからこそ、ギリギリ許される範疇に入る演出であると考える。それがレフリーや他のレスラーの助けを借りる行為であってもである。

レスラーの中には自傷行為の度胸が無い者も少なくないという。アマスポーツ出身の選手にその傾向が強いと言われているようだ。

その覚悟はあっても擦り傷程度の浅いものでは意味が無い。自傷が嫌いでその試合でも嫌々切ったがやはり傷は浅く、いつの間にか時間の経過とともにその傷は肉体本来の止血治癒機能から汗と共に血もキレイに流れてしまい、出血の痕跡が消えてしまった試合があった。

当然?ながらこのレスラーにはジュース代は支払われなかった。それどころか、血糊偽装疑惑を持たれ、次の出血試合ではリング落下時に殺気に包まれた中堅の先輩レスラー数名に囲まれたかと思うと、その疑惑レスラーの「ギャー」という悲鳴ともつかぬ声がリングサイドにこだまし、見事というべきか凄絶な血ダルマ姿を観客に見せたという。

昭和のプロレスファンの老紳士が言う。
「流血も手元が狂うと動脈を切る危険だってある。このレスラーのように痛がって動くのが一番危ない。Aレスラーの愛用はドイツ製のBだが、切れ味が鋭いから切ってる最中に体を動かそうものなら悲鳴どころじゃ済まないよ」

先ほども述べたがプロレスは結末が着いた時が始まりのスタートである。そうした流血試合に潜む人間ドラマまでを透徹しなければプロレスを語ったことにはならないとも言う。「流血のからくり」を得意気に暴露し多額のカネを手にしたミスター高橋の慧眼のなさにため息をついた。

話を戻そう。
熱心なプロレスファンの中には医者もいる。そのドクターは以前から出血疑惑を持ち続け、血糊か動物の血ではないか?と不信の根は日ごとに強まり、その証拠を掴み暴くことに執念を持ち続け、暇をみつけてはせっせと会場に足を運んでいた。

その執念が実ったのか、ある日流血試合に遭遇し、若手の制止を無視し出血している選手に近づき、今でいう血拓を採取することに成功。すぐさま会場を後にし大学病院に血拓を持ち込み血液検査を実施。科学に拠って晴れて人間の血と証明されるとその医者は疑念が外れたことに安堵し、以降、欠かさずプロレス会場に顔を出したという。

近年はエイズ問題も絡み試合中の出血は厳しくなり、昨今の漂白されたよい子の学芸会風プロレスには興味も関心もないが、流血試合は減少したように思う。もしかするとミスター高橋本の影響もあるかも知れない。いずれ流血試合は消えてなくなり、死語になるのかもしれない。

故意に自ら、時にはレフリーや他選手の協力を得て額にカミソリを当て出血し、観客の興奮を喚起、増幅させる演出として使われてきた裏テクニック。その背景にはワザの効果を実際以上に強く印象付け、そのことがレスラー、強いてはプロレスそのものの魅力のスケールアップをもたらした。

この相乗効果を見事なまでに完成させたスタイルとして観客に提示されたのがフリッツ・フォン・エリックの「アイアンクロー」ではないかと思う。「鉄の爪」という異名を持ち顔面を鷲掴むというシンプルな技だが一度掴んだら失神するまで締め上げるという恐怖感を湛える必殺技であった。

2メートル近い長身と30センチを優に越える長いスパン、握力も200kgを超えると紹介されていた。刃物を持った強盗の手首を握力でへし折った逸話やフットボールのボールを握り潰したというエピソードなどが秘話として知れ渡り説得力は完璧であった。

その恐怖感を増幅しアナウンスされていた情報がアイアンクローを食らうと、その強靱な握力で肉が破れ血液が噴き出るというものだった。実際に宣伝用に紹介された写真にはアイアンクローで鷲掴まれたボブ・エリスの顔面が血に染まっていた。完璧な仕掛け(アングル)であった。

昭和41年12月3日。日本武道館。半年前にはビートルズが初の日本公演を行い、嬌声に包まれた会場は、今度は悲鳴に近い歓声に包まれた。

その宣材写真が現実のものとなったのだ。リング中央で恐怖のアイアンクローの餌食となった馬場。動きが途絶えた馬場に近寄り、覆うような恰好でしきりに容体を気遣うレフリーの沖識名。その体が死角となり視界から消えていた馬場の顔面の額はいつしか鮮血で赤く染まっていた…。沖識名の一世一代の名パフォーマンスであった。後日、エリックは沖の元を訪れ深々と頭を垂れたという。

蛇足であるが昭和44年12月19日、ロサンゼルスで行われたインターの防衛戦でフリッツ・ファン・エリックと対戦した。この試合も日テレの新年用のテレビ向け海外試合であった。1本目はエリックのドロップキックで先取。2本目は馬場が同月のNWA戦・D・F・ジュニア相手に初公開したフライング・ネックブリーカーを失敗し出来そこないの変則ボディアタック気味でフォール。そして決勝の3本目は馬場のロープに振ってのカウンター水平チョップを躱したエリックがアイアンクロー。

馬場ろエリックが立ちポーズのまま密着し、レフェリーが近づく。馬場の右手には何やら恐らくトランクスに隠し持っていたカミソリを握っているが、その瞬間は馬場が身体が壁となってカメラには映ってはいない。マットに倒れ込み頭部を鷲掴みにされた馬場が必死に両手で振り解こうとする右手が自身の額周辺で動くと清水アナが出血したことをアナウンス。不自然な握りポーズの右手がトランクスに伸びカミソリを再び隠し入れたのである。

結果はエリックの反則負けであったが、エリックのアイアンクローに恐ろしさを茶の間のファンに知らしめたのはいうまでもない。馬場の名演技は特筆もので当時、この行動を見破ったファンは皆無であったに違いない。レフェリー、対戦相手の全面協力が不可欠のアイアンクローはやはり最大のギミック技であろう。

話は戻そう。コミッショナー席でこの試合の立ち会い人を務めていた自民党副総裁・川島正次郎は隣席の事務局次長に厳しく問いかけるようにつぶやいた。
「こめかみを掴まれ額が破けて出血するとは馬場クンの頭は熟れたトマトかい!」

政界の寝業師と異名をとる川島正次郎であるが、この流血場面を見て何を思ったのか? この川島正次郎には別の異名もある。それは…なんと、カミソリ正次郎。

流血は試合を盛り上げ、観客動員数を増やすことが求められる興行の必要悪の「裏ワザ」だったとも思われるが、その威力は強烈で、実力もセンスも無く客受けもしないデクの坊レスラーが血ダルマになることで巨万の富を手に入れることができたのである。

今、想起するレスラーは先のブラウン管ショック死事件の張本人である血笑鬼・グレート東郷だ。出自も朝鮮人、日系人と諸説ある小兵でこれといった格闘技キャリアもセンスも無い下層の平々凡々が、モンキービジネスと揶揄される中で道化師を演じ、その流血の代償として文字通り裸一貫からプロレス・ドリームを体現した成功者である。

銭ゲバと評され決して人間としてレスラーとしても人格者とはほど遠い所に位置したようではあるが、負け役専門のピエロレスラーでも実社会では今で言う勝ち組の1人であるのはまさしくプロレス的である。

ミスター高橋本が暴露した流血のカラクリ。プロレスの八百長的インチキ性を象徴すると言われているこの流血をテーマと捉え、俯瞰的にいくつかの隠れたエピソードを紹介、検証しながら遡行することであの時代の哄笑の中にあってもプロレスの魅力は変わるものではない普遍なものであることを記しておきたいと思った次第である。八百長の中に隠されている真実を発見する歓びを知って欲しいとも思う。

ミスター・マリックのマジックショーのエンターテイメントに比べれば、プロレスの疑似格闘技ショーは三流以下という偏見や侮蔑が常に纏わり付くが、日の当たる道を歩むスポーツ世界の領域を凌駕してしまう、対極の虚実皮膜の世界で蜃気楼のような異空間に鈍色に燻る魅力の根源を的確に伝え切る自信は筆者には残念ながら持ち合わせてはいない。

それでも結論を敢えてまとめればこう述べたい。
「落語は人の業の肯定である」と立川談志は喝破した。そこで筆者は思う。「流血はプロレスの業の肯定である」と…。更には「プロレスは人の業の肯定である」と思うのである。(了)



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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

流血試合が炙り出す陥穽の裏側に潜む深層①(前編)

プロレスファンは暴露本が大好きだ。筋書きのある似非格闘技ショー、エンターテイメントだからこそ、表面上の勝ち負けでない裏側を知りたいという欲求が強い。

「あの試合はAの勝ちだったがどうしてBでなかったのか?」
「Aの勝ちは当然だが、何故フィニッシュ技はあの技で、あのファイト時間であらねばならなかったのか?」
「Bの負けは当たり前だが、何故あんなにあっさりと負けたのか?ただの手抜きか?何があったのか?」
「その筋書きが決まった背景に隠された事情とは?金銭トラブルか?裏切り行為か?」
と頭の中で妄想推理を働かせる。

これもプロレスファンの楽しみの1つでもある。プロレスとは試合の結末が着いた時が始まりのスタートでもある。ゆえにその真相なりヒントを与えてくれる内幕本、暴露本は重宝されてきた。

ミスターマリックの手品のトリックを知りたいという心理と同質のものであろうか。ただ違う点はミスターマリックのトリックほどの完成度には遠く及ばず、ゆえに見る側の満足度は低く不満タラタラということである。(例外はあるということは認めるが)

そうした燻る不満が逆に一層の妄想イメージを膨らませ、試合の結末の裏側に隠された背景なり真相を知りたいという強い欲求に繋がっていくわけである。

だが、暴露本は諸刃の剣である。手品の種明かしが御法度であるように、トリックを知ればその手品は二度と人前で披露できなくなる。更に子どもの夢を壊すことにも繋がる…それゆえタブー視されてきた。

それでもプロレス村からはみ出したゴミのような零細出版社から細々と世に出てはいた。だが少部数ということもあり、広告を打つ資金もなく東販、日販といった大手取次店や有力書店とのコネクションもない為、目にするファンも少なくプロレス界を揺るがすほどの大きな影響力には結び着かなかった。

もっとも最大の理由はチラシ屋の御用聞き小僧レベルが、小遣い稼ぎに元から無い引き出しの奥隅で塵を被っていた程度の与太話を誇大に膨らませただけの内容では読者の関心を集めることもままならず、初版で絶版という運命を辿っていたという背景からである。

だが事態は一変した。
メガトン級インパクトの強さを持った暴露本が大手出版社から販売された。それが新日プロを叩き出されたミスター高橋の「流血の魔術~」であった。プロレス界への復讐を込めた最後っ屁よろしく放った悪臭は強烈だった。実際、20万部を超えるベストセラーを記録した。

2001年暮れに書店の本棚に並ぶやプロレスファンは異様な関心を集め、版を重ねるごとにその毒気で蝕まれたプロレス界はたちまちに坂を転がるように衰退の道を一気に辿っていった。時間を経た今だからこそ見えてきた部分や語れる部分もあり、その後に判明した事実等も交え検証したいと思う。

プロレス本体が弱体化すればそこに寄生する業界紙・誌界(=チラシ屋)も零細業の宿命でバタバタ潰れ雲散霧消、路頭に迷うハメに陥った。プロレスに寄生するチラシ屋に批判は許される行為ではない。ヨイショしてナンボの世界である。それで生計を立てている主従奴隷関係のはずであった。

その事をはき違えたチラシ屋風情が団体から出入り禁止のお目玉を食らって部数激減、廃刊の危機に陥るという事件もあった。この根底には業界紙・誌がジャーナリストだと錯覚した滑稽な点にあった。第三者からみればドンキホーテそのもので呆れて言葉を失ったという声が多かった。

相撲界に賭博、八百長の問題が発覚すれば今回の騒動を見るまでもなく一般紙、スポーツ紙、週刊誌が厳しく追求する。運動部だけでなく社会部が先頭となって動くが、勝敗がお飾りで全く意味を成さない似非スポーツ(疑似格闘技ショー)のプロレスに、そもそもスポーツ・ジャーナリズムなどは始めから存在し得ないのである。手品師がヘタでトリックが観客にバレてしまうなら二度とその手品を見なければいいだけである。

そのことを自覚もできぬチラシ屋たちの行動は滑稽の極みであった。当たり前ながらチラシ屋を支援する動きも皆無で読者も離れ四面楚歌。会社は傾き詰め腹を切らされプロレス村から放逐されていった。要は斬った首をプロレス村の村長に献上し詫びを入れ関係修復を図ったわけであった。

この不況時代、特に才能があるわけでもなく職を失った者の末路は厳しく、中には競馬にうつつを抜かし家のローンが払えず競売に掛けられ家を叩き出される始末。妻子も元部下に寝取られ借金を抱えたままホームレス然で馬券売り場を徘徊しては当たり馬券を探し歩く浮浪者風もいると聞く。

ある者は一家離散、毎日ハローワーク通いだという。またある者はたかり屋同然に身を堕とし小遣いねだりに団体に纏わり付く厄介者もいたというし、そのみじめなたかり屋人生を嬉々としてカネに換え告白本まで出すという体たらく振り。

そうした身上には同情もするし事情は理解するが、そのことが「高橋本」と同じように暴露本を出す免罪符には値はしない。それまでは批判的な立場であったにも拘わらず、己もプロレス村から放逐されると掌を返したように実名、変名、名無しの権兵衛入り乱れて書店の本棚の末席を濁した。

面従腹背の仮面を脱ぎ捨てるも所詮はギョーカイの御用聞き小僧。チラシの切り貼り程度の内容ではハナからミスター高橋ほどの情報も持ち合わせて無く、無残にゴミ山を築く結果となった…枯れ木も山の賑わい。

単純計算で印税10%と計算すればミスター高橋のフトコロには3千万円は入ったであろう。御用聞きのさもしい僻み根性剥き出しで、企画力の無い出版社の思惑とが絡み合い2匹目のドジョウ狙い。だが粗製濫造は読者の目を誤魔化すことなどはできるはずもなかったのである。

御用聞き小僧とは言えプロレス村入所の頃はプロレス好きであったのではあるまいか。実際、一時期、学生層のファンの間では同人誌作りがブームとなり、関西発行の「週刊ファイト」ではそうした同人誌評も掲載され支持を集めた。今のプロレス村に入所した者にも元同人誌上がりが結構いるし、その同人誌評を担当していたのが先ほどの滑稽なドンキホーテを演じ妻子を部下に寝取られたたかり屋であった。チラシ屋の裏面史の一端でもある。

プロレス好きのファンがクロスロードで悪魔と遭遇し魂を売り渡してしまったということか…。大臣のポスト欲しさに所属政党を離脱した与謝野馨じゃないが、変節漢の誹りは免れない。もっともその理由が小遣い稼ぎとはいかにもセコイのが御用聞きらしい。

さてミスター高橋の暴露本で一番インパクトを与えたものは何だったのか?千差万別の反応があった…そこが正にプロレス的でもあり興味深かった。
どの話も初めて聞くファンには全てにショックを受けただろうし、八百長研究家の大御所には目新しいものは何一つ無く駄本だったようだ。

格闘技戦の裏を何も知らないミスター高橋に「オレが教授してやろうかな。猪木とルスカが極秘にリハーサルした日は●×日だぜ」と豪語していた猛者連中。

「タイガー・ジェット・シンの新宿伊勢丹・猪木襲撃事件のカラクリを得意げに喋っているようだが、プロレスファンはカメラマンが現場にいたというだけでとっくにシナリオは全部読めてたし、朝刊紙が社会面で扱ってないことでサクラだとバレバレだった。その八百長を承知で共犯者として一緒に楽しむのがプロレスファンの特権なのにね」とミスター高橋の淺知恵にため息をつく者…。

「対ホーガン戦での猪木のベロ出し失神事件は坂口も騙したサル芝居と猪木の行動を批判しているが、その裏で莫大な借財を巡り暴力団●×組とのトラブル、逃亡劇の一部始終を語らないと画竜点睛を欠く」と言うのは元警察関係者。

「流血を本のタイトルに付けるぐらいなら、きちんとカミソリの銘柄まで語らないとね。●●レスラーの愛用はドイツ製の××だよ」とそっと耳打ちしてくれた老紳士。

プロレスの暗くて深い闇の奥底で鈍色に淀む魅力に取り憑かれた者たちが一瞬、その目を光らせた。そこに昭和プロレスの残影を見た思いだった――。

昭和49年10月10日のアントニオ猪木vs大木金太郎戦。遺恨マッチの前宣伝も効いて力道山VS木村政彦戦の再現、日本人同士のセメントマッチという前評判で持ちきりであった。

ガチンコ見たさに蔵前国技館は超満員。観客が入りきれず帰ったファンも大勢いた。リングサイドを埋める顔もセメント好きな中高年層のオヤジ顔ばかりで、今のようにギャルはいない。普段の会場では感じられない異様な真剣勝負への期待と恐いもの見たさで張り詰めた緊張感に包まれていたのである。

若手時代のガチンコ勝負では猪木は1度も大木に勝てなかったという話が公然と巷間に伝わり、当時セメントの強さでは馬場、猪木より大木の方が上で日本一のガチンコレスラーだとプロレスファンには信じられていたという状況があった。

流血が試合の内容を高め客席のボルテージもヒートアップさせ、試合の輪郭を鮮明にさせた理想に近い出血試合であった。台本通りのシナリオ試合であったが、似非格闘技ショーの醍醐味を教えてくれもしたし、納得のできる結末であった。この試合は猪木名勝負数え歌の上位に挙げるファンは多い。

この一戦がプロレスの未来の姿ではないか。台本を超えた死闘を見事に演じたと思う。こういう試合ばかりなら必ず人気を呼ぶに違いない。もっともこの時大木が手にしたギャラは800万円だったという。このぐらい報酬を貰えばみんな演る?

またブッチャーに劣らず不器用だったのがブルーザー・ブロディとその超獣とタッグを組むスタン・ハンセン。近眼ゆえか、昭和56年最強タッグ戦に乱入し馬場に休むことなくラッシュ。馬場のキックを額に受けるたびにその倍数で顔を掻きむしる不自然な指の動き。カミソリで額を自ら切る姿が白日の下で晒されていた。この姿を見てレスラーを見下し嘲る者は多い。典型的なモンキービジネスと哄笑する。

テレビカメラの前であろうが悪びれる様子もなく堂々の裏切り行為で額から迸る鮮血でシャツにもべっとりと朱色に染まる。その血染めのシャツの前にフェイクを超えたリアルなシーンが交差した。レスラーはシンドイショーバイだと思う。

レスラーによっては増血剤や血糊を使った不届き者もいたらしい。
時代を遡りさらに驚愕すべき事件が昭和37年4月27日に発生した。実際には生もテレビ放送も筆者は未見だが門茂男のザ・プロレス365の1巻でその経緯が細かに紹介されている。未読の方の為に以下に記載事実を整理して紹介しよう。

6人タッグマッチに出場したグレート・東郷。その額には前日の試合で銀髪鬼・フレッド・ブラッシーの噛みつき攻撃で深手を負ったため、ユセフ・トルコ(レリー兼外人世話係)が応急処置した包帯が巻かれていた。

この日も包帯の上から得意技のバンパイア攻撃を仕掛けるブラッシー。さらに畳み掛けるように包帯を引き裂き露出した額目がけて噛みつく。あっという間に血ダルマになった東郷。赤く染まった口から観客に向けペッと血痰をはき出す。その血塊が観客席の老人の首筋にへばり付いた。

グレート東郷の食い破れた額の肉片と思い込んだ老人は卒倒し救急車で病院へ運ばれた。だが結局は還らぬ人となった。観客が試合の残酷性で卒倒死…話はこれで終わらず、この試合をテレビ観戦した老人3人が心臓麻痺で亡くなったという記事が朝刊の社会面を賑わした。

俗に言われる「ブラウン管ショック死事件」である。ところがこの事件には、力道山も顔面蒼白に陥らせたとんでもない裏が隠されていた。




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ブロマガ

紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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