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「ミル・マスカラス初来日」の舞台裏で起きた前座レスラーが激怒し落涙した人間模様の葛藤

10月7日「仮面貴族FIESTA」でミル・マスカラスがドス・カラス、初代タイガーマスクとトリオを組み、日本マットに登場したというニュースを知った。マスカラスは69歳。来年は古希の祝いを迎える。老いて益々盛ん、か。

年金支給も借金大国・財源不足から70歳支給が政府内で検討される未来無き貧困なるニッポン高齢化社会の厳しい現実。その中で齢70歳の高齢者が社会の第一戦の現役として務められるプロレスは実に「おいしいショーバイ」であることを改めて痛感。そのマスカラス初来日にまつわる秘話を門メモから紐解いてみよう。

全国の人気ファン投票でスパイリス・アリオンと共に「日本に呼びたい未だ見ぬ強豪レスラー」の1位2位を独占したミル・マスカラスは1971年(昭和46年)2月に初来日を果たした。この人気投票を大きく左右したのは業界誌「ゴング」のチョーチン記事であった。

ロサンゼルス地区のローカル・チャンプに過ぎなかったマスカラスをヨイショしまくり、ゴングの読者層の中心だった小中学生に誇大妄想を植え付け、ヒーローに祭り上げた結果であった。それが業界誌の役割であることを小中学生が理解するにはまだ若過ぎた。

同じようにヨイショしたスパイリス・アリオンはそのハッタリの化けの皮が剥がれ、ミジメな失敗作となったが、マスカラスの日本デビューは取り敢えず成功した。それを裏方で支えたのは噛ませ犬役を立派に演じて見せた、前座レスラーの存在があったからなのは無論言うまでもない。

ゴングが煽った見てきたような与太話、「ドロップ・キック10連発」も「コーナーからコーナーの対角線へ飛行するロング・キック」も全くのデッチ上げであったが、業界誌とは言えそうした妄想与太記事が許されてしまうのがフェイクで覆われたプロレスの世界である。

読者も半信半疑で愛読し、妄想を膨らませ楽しむことができた吉本隆明の共同幻想の時代であった。マスカラスの日本デビューが曲がりなりにも成功したのは、そうした新しいヒーローを渇望していたファンの忍耐強い応援の姿勢と、先述した引き立て役の前座レスラーが己を捨て石にして務めた、見事なまでの負けっぷりが凡庸なマスカラスの「空中殺法」をより光らせたからであった。だが、その舞台裏では人間ドラマの葛藤が渦巻いていた。

当時、地元メキシコで映画俳優を兼ねていたマスカラスの契約書には顔面への打撃が禁止事項として記載されていたのである。顔が命の二枚目俳優が顔に傷を負うのは男優廃業を意味することと同じであったが故の特記条項であった。テレビマッチでマスカラスの噛ませ犬に選ばれた中堅選手は、そのふざけた契約内容をレフェリーから聞かされ、怒りに全身が震え吠えまくった。

「映画とプロレスの二股膏薬(兼業)なんてプロレスをなめている! どうせメヒコの3流ドタバタ・アクション男優だろうが! そんなええカッコしいのインチキ野郎は、覆面を引きちぎりセメントでボコボコにして、二度と映画に出られないツラにしてやる!」と毛色ばんだ。

だが、その掟破りのセメント制裁を伝え聞いた日プロ幹部は、別室にその中堅レスラーを呼び込み、滔々と説き伏せるように時には半ば脅すような口ぶりで説いた。

「オマエの怒りはオレも十分、承知している。レスラーは傷跡が勲章と同じなんだ! それを顔だけは傷を付けたくないなんて、泣きごとを言うハンパな野郎はゴミ野郎と同じだ! だがな、アイツがその契約でないと日本のマットには上がらないとブー垂れている以上、その条件を吞むしかなかった。

こっちも合意して判を捺した以上、もし契約違反を起こせば莫大なペナルティーが生じてしまう! オマエのギャラじゃ一生働いても払える額じゃないぞ! それでもセメントを仕掛ける気なのか! オマエは家族を路頭に迷わせてもいいのか! その覚悟は本当にあるのか!」

そう諭され、泣く泣く負け役を務めマットに散っていったのであった。テレビの前で齧りついて見ていたびっ子ファンにマスカラスの強さ、カッコ良さを存分にアピールしたその見事な負けっぷりは、新しいアイドル・ヒーローの誕生に貢献したのであった。

見事な負け役を演じ控室に戻ってきた中堅レスラーの目には涙が光っていた。だが、その涙が意味するものは引き立て役を完璧にこなした満足の涙か、あるいは悔しさで零れた男泣きの涙だったのか…その答えは本人が死去した今となっては永遠に謎のままである――。

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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

ブロマガ

紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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