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三流プロレス記者の実像~今明かされる「門茂男vsプロレス記者」抗争を徹底検証~より一部抜粋転載

…媒体が消滅しプロレス記者たちは失業。今でもハローワーク通いのアルバイト生活がほとんどだという。当時から「プロレス記者は取材記事が書けない、でもしかの三流記者」と門が喝破していた通りの結果となったようである。

門からチラシ屋と侮蔑されたプロレス記者。その腐った体質は高橋本が出た以降も変わることはなかった。その典型的なのが妄想たかり屋・山本隆司と与太飛ばし屋・井上譲二だろう。

二人の徹底批判は本文を参照していただくとして、一流シナリオ作家を経費的に起用できなかった各団体は安易にもチープさが取り得だけのプロレス・オタクの「でもしか」記者をアングル、シナリオ作りのアルバイトをさせることにより結果、益々、プロレスは三流田舎芝居、学芸会の「プロレスごっこ」に堕落し、観客不在で人気が凋落していった。そのことを考えれば、これは自業自得であったといえよう。

去る5月3日、ゴングの竹内宏介が死去。井上譲二が「雲の上の人だった」と故人を追悼していたが、チラシ屋の常套手段である読者を煽るテクニックは多いに影響を受けた、というよりは模倣したようである。つまり、妄想与太は井上義啓から、インチキの誇大妄想は竹内宏介から読者の瞞しテクを覚えたということであろう。

プロレス記者が口を揃えて言い訳するロジックが「プロレスがインチキだからその記事もウソになるのは当然」と読者を誑かし開き直った態度である。厚顔無知の典型である。そこには自省のカケラもなければ、到底、取材報道のレベルに値しない駄文、作文の羅列でしかなかった。

門が○×から運動部長として引き抜かれた当時、新米の部下として門に仕えたのが○×、○×の両名であった。針小棒大、見てきたようなウソを誇張する体質には手を焼いたと嘆いてもいた。取材のイロハから記事の書き方まで徹底的に教え込んだという。新人を一人前の記者に育てるのは上司としては当然の責務でもある。

それまでの○×の作り方を根本から壊し構築するのが使命でもあった。これまでは取材なしの妄想与太記事が中心であったのを、前述の○×を基本から叩き込むことであった。だがその指導も鞭撻も道半ばで終わる。それは○×との対立、確執から○×を○×ことになったからであった。

その遠因は門のジャーナリズムへの拘りが「妄想のウソでも売れれば勝ち」の○×と激しくぶつかり合った事のようである。その後、誘われるように日本プロレスコミッションに身を投じ、日本プロレスを管轄指導する立場へと変わったのであった。それから――。(簡易省略版② 有料本文へ続きます。同本文では伏せ字を表記) 価格300円



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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

今明かされる「門茂男vsプロレス記者」抗争を徹底検証――小遣い銭欲しさに水増し暴露本を書き散らしハローワーク通いに陥ったチョーチン記者の自業自得~柳の下にドジョウはいなかった山本隆司と井上譲二~

今回のテーマのきっかけは熱心なあるブログ読者との対話が端緒であった。元ユニオン会員なら当然かも知れぬが、「ザ・プロレス365」の読者にとっても、門茂男の名は決して忘れることの出来ぬ畏敬の念を抱く反骨のジャーナリストであったことを改めて痛感したことにある。

若い読者のために簡単にその横顔を紹介すると、ミスター高橋の暴露本が発刊されるずっと以前に(昭和56年5月、第1巻発行)出された「日本プロレス(裏面)史」を綴った名著「ザ・プロレス365」の著者である。高橋が得意気に喋った「流血のカラクリ」や「シナリオ試合」「猪木vsルスカ戦」などの舞台裏を実名で詳細にファンの前に初めて公開した孤高のジャーナリスであった。そのことはこれから子細に語っていきたいと思う。

2001年に発売されたミスター高橋の暴露本。20万部を超えるベストセラーとなり、その柳の下のドジョウ狙いで数多のプロレス記者が小遣い銭欲しさで粗製乱造したが、その内容の大半は羊頭狗肉。既存ネタの水増しか「ザ・プロレス365」のコピー版という有り様であった。その典型が○×と※☆であろう。

「ザ・プロレス365」が世に出た時、××や△×は無視を装うか裏に回り陰口を叩いてはいたが、記事の内容は事実であった故、俎上に載せられた▲×や★▲も正面からは文句や抗議もできなかった。だが、その暗部では※×の名を騙り「事務所に火を点けるぞ!」「夜道は気をつけろ!」と脅したり、匿名の嫌がらせ電話は日常茶飯事だったと、筆者に笑いながら答えてくれた。

表面上は無視・無関心を装っていた☆※ではあったが、力道山時代からの敏腕記者で、川島正次郎、椎名悦三郎の歴代コミッショナーの右腕として事務方を取り仕切っていた同局長への畏敬の念はあったようだ。

去る5月3日に死去した竹内宏介も以前「こちらはペイペイの記者。まともに相手などしてもらえる訳もなかった」と暴露本で記している。ちなみに後にテレビ解説で知られることになった☆●、▲※記者を新人時代に記者のイロハを指導し、叩き込んだ上司でもあった。針小棒大、見てきたようなウソを誇張する体質には手を焼いたと嘆いてもいた。

記者たちも陰では必携のバイブル&アンチョコとし「ザ・プロレス365」は必読の書であった。この門本で初めてプロレス裏面史も知る記者も多く、唯一の教科書であったと後に告白する※◇もいたほどである。

「ザ・プロレス365・1巻」のあとがきでは、

「これで一般社会には通用しないプロレスに盲目的扇動、耽美派のプロレス記者たちからは白い目で見られることになる。結構ではないですか!」
こうした決意の下、「ザ・プロレス365」の取材、執筆活動を宣しているのであった。

その取材意欲は旺盛でアブドーラ・ザ・ブッチャーや梶原一騎との独占インタビュー記事を掲載し、その「本音真相スクープ」は読者を驚喜させ、関係者を青ざめさせた。ギャラの金額やシナリオ、アングルも含めた引き抜き抗争の舞台裏や炻水流空手設立を巡るトラブルで生じた猪木監禁事件・梶原グループの鉄砲玉の真相などを直接、本人の口から赤裸々に語らせ、※■を震え上がらせた。

その「門潰し」の報復手段として、☆×は卑しい奸計を謀ってきたのであった――。(簡易省略版 以下は有料本文へ続きます。本文では伏せ字を表記) 価格300円




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紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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