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名勝負の裏で蠢いた暴力団の黒い陰――セメント暴発の不穏な動きは自作自演!?――記者席を凍てつかせたロビンソンの裏切り「深謀遠慮」~【猪木vsビル・ロビンソン戦】~より一部抜粋転載

…昭和50年(1975年)12月11日、日本武道館で力道山追善興行が行われたこの日は同時に全日が開催中のオープン選手権を兼ねてもいた。世界のトップクラスを一同に集めて総当たりリーグ戦でその覇を争う――力道山が昭和34年に提唱し実現したWリーグ戦に倣った大会であった。同時に蔵前国技館では新日が猪木vsビル・ロビンソン戦という興行戦争の渦中にあった。

参加選手を列記すると、馬場、鶴田、大木、木村、草津、井上、ヒロ・マツダ、ザ・デストロイヤー、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ドリー・ファンク・ジュニア、ハーリー・レイス、ドン・レオ・ジョナサン、ディック・マードック、バロン・フォン・ラシク、パット・オコーナー、ホースト・ホフマン、ミスター・レスリング、アントン・ヘーシンク、ケン・マンテルといった面々。

ストロング小林に離脱されテレビ放映(TBS)も打ち切られた国際プロレス・吉原功代表は馬場の巧みな好餌に乗せられラッシャー木村、グレート草津、マイティ井上の三選手を参加させ、外人選手もバロン・フォン・ラシク、ホースト・ホフマンの2選手を斡旋したが、国際勢にとってオイシイ場面は1つもなく、結果的にはただの肥やし役、負け役を務めただけで終わった。

…実は馬場が吉原功に誘いの声を掛けたのは別の思惑があったからであった。その本当の狙いとは国際プロレスの実質的エースであり、太いパイプで繋がれていたビル・ロビンソンの新日参加を阻止し、全日陣営に引き込む事であった。

…オープン選手権の真の目的は外国人シューターたちによる「猪木殲滅」で馬場が揃えた名うてのヒットマン揃いであった。これだけのシューターが連日牙を剥いて猪木を潰しにかかれば、遅かれ早かれボロ布のようにズタズタにされるのは必至であったはずである。

だがこの謀り事は猪木に見破られてしまい不参加を表明。馬場は「猪木首狩り」に次ぐ殲滅作戦の第2ラウンドを力道山家とスクラムを組み、最大のバックボーンであった最大の組織暴力団・○×組を絡めて追い込んでいったのであった。

…猪木不参加を見越して周到に組まれた陥穽の連鎖…。それに大きく関与したのがロビンソンの虚実を含んだ不穏な大仕掛けであった。「○×」という不気味な情報を記者席に流させたのは○×であった。

…追善興行を力道山家の背後で実質プロモートした○×組。それを敵に回し興行戦争を仕掛けた猪木…。その緊張高まる中で行われたロビンソンの背信行為――。猪木の取った行動とは!?(簡易省略版② 有料ブログへ続く)価格500円


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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

【猪木vsビル・ロビンソン戦】名勝負の裏で蠢いた暴力団の黒い陰――虚実が入り混じり仕掛けられた大アングルの正体

昭和50年12月11日、蔵前国技館で開催されたのが名勝負の誉れ高い猪木vsビル・ロビンソン戦であった。だが同じ日の日本武道館では力道山13回忌追善興行がオープン選手権と併せ試合が行われていた。

このオープン選手権こそ後に竹内宏介が暴露したように、馬場が外人シューターたちを使い○×万円の賞金を賭け、猪木の「首狩り」を企んだ「猪木殲滅セメント興行」の別名であった。この企ては猪木にも直ぐに察知され出場は拒否されたわけだが、それで引き下がるはずはなかった。馬場が次ぎに取った行動とは?

その背後で大きな役割を果たしたのが力道山家の代理人として動いた○×であり、実質、追善興行の采配を仕切っていたのが力道山家とは深い親交があり、馬場の全日本プロレスの○×での興行を一手に仕切っていた最大の組織暴力団○×組であった。追善興行に非協力的だった猪木に対しこの代理人○×は○×組長宅に「猪木制裁」を直訴に及んだという。

つまり猪木は○×組を敵に回し、熾烈な興行抗争を仕掛けたことになってしまったわけである。これがどのような結果を招いたのか? ロビンソン戦に及ぼした不穏な動きの正体とは?

希有な名勝負とファンの間でも評価の高いロビンソン戦だが、謎が多い試合としても語り継がれている。なぜレフェリーがレッドシューズ・ドゥーガンであらねばならなかったのか? なぜゴッチ、テーズが試合の立ち会い人としてリングサイドに陣を構えていたのか?  

なぜ2本目の卍固めでロビンソンはギブアップをしなかったのか? 残り時間は僅か48秒であった。このまま本気で勝つ気でいたのか? シナリオは無かったのか? ロビンソン、馬場と連なる背後で糸を引く暴力団とは一体どのように絡んでいくのか? 

そしてロビンソン戦に仕掛けられた虚実入り交じった大アングルの正体の真相とは? これまで封印されていた昭和50年12月11日に勃発した馬場vs猪木の興行抗争の舞台裏を紐解く――。(簡易省略版 以下は有料本文へ続きます。同本文では伏せ字を表記) 価格500円

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紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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