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愛弟子のハーリー・レイスに「イノキがセメントを仕掛けてきたらリングに駆け上がり奴(イノキ)を潰せ!」と厳命を下したシニアの緊迫~【猪木vsドリー・ファンク・ジュニア戦】~より一部抜粋転載

…○×のタレ込みを鵜呑みにしたシニアはユセフ・トルコを「猪木の親衛隊長」と思い不利なレフェリングと猪木の不意を突いたセメント仕掛けを阻止するために、愛弟子のハーリー・レイスと共にセコンドで目を光らせ、レイスには「イノキが不穏な動きを見せたら、直ぐさまリングに駆け上がり奴(イノキ)を潰せ!」と厳命を発していた。

…「隙あればジュニアをセメントで潰す」というタレ込みはむしろ○×の胸にあった思いではないのか? そのNWA世界のベルトを○×する、という絵図を引いていた可能性も十分、考えられる。

実際○×のベルトでは同じような前科があったのも確かであった。…その思いがシニアに「猪木はセメントで潰しにかかるスカンク野郎」と密告した、というのが真相であったようである。

…このトルコのレフェリングは沖識名のシナリオを結果的に助けることになった。それは旧態依然の古いフェイクで覆われた馬場のプロレスでは到底表現できぬプロレスの神髄がそこにはあった。

…沖が馬場戦で用いた両者1本ずつを取り合った後、ドローにするというこれまでの古いパターンのシナリオが、トルコがコントロールしたノーフォール・マッチの斬新な結果が逆に、より効果的な演出を与えた恰好になったわけである。新旧の対比と言ってもいいだろう。

ジュニアの十八番スピニング・トー・ホールドで馬場からギブアップを奪い、馬場は新しい必殺ワザ・フライング・ネック・ブリーカー・ドロップを披露する内容で、沖があれほど試合前に困窮していた○×を鮮明に打ち出された試合となったのであった。それは――(簡易省略版② 有料ブログへ続きます)価格500円



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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

【猪木vsドリー・ファンク・ジュニア戦】ノーフォール・マッチの舞台裏でセコンドのシニアに「猪木はセメントを仕掛けてくる」と怪情報を耳打ちしたレスラーの正体

アントニオ猪木の名勝負を語る上で必ず誰もが挙げる試合が昭和44年12月2日、大阪府立体育館で行われたドリー・ファンク・ジュニアとのNWA世界戦60分ノーフォール・マッチの死闘である。加えて平成22年(2010年)5月に発行された「アントニオ猪木全記録」(田中伸明著)に拠ると猪木自身がこの試合について興味深いコメントを残している。それは本文を読んでいただくとして、本題に戻ろう。

日本中のプロレス・ファンはこのビッグニュースに興奮し熱狂の渦の中にいた。大阪の猪木挑戦に続き12月3日、東京都体育館で馬場が挑戦という連続日程が組まれた。日本でのNWA世界戦の開催は力道山がルー・テーズに挑戦(昭和32年10月7日・後楽園球場)して以来、実に12年ぶりの快挙であった。

初めて見るドリー・ファンク・ジュニアの勇姿に期待し、前チャンプの「荒法師」ジン・キニスキーを葬ったスピニング・トーホールド(日本名は回転足首固め)とは一体どんな技なのか? デストロイヤーの足4の字固めとではどっちの方が強烈なのか? 学校や職場ではこうした話題で持ちきりであった。

しかも今年(昭和44年)からスタートしたNETのプロレス中継では主役は猪木であり、早くも大晦日のNHK「紅白歌合戦」の裏番組としてこの大阪決戦が放送されるというニュースも伝わり、家庭内では激しいチャンネル・バトルが勃発するなど、当時のNWA世界戦はボクシングの世界戦と変わらぬ期待感で包まれていたのである。

だがこの大試合の決戦を前に沖識名はシナリオ作りに困窮していた。馬場、猪木が勝つことは100%無い筋書きとなると、選択の余地は狭まり必然的に引き分けのドローマッチしか浮かばなかった。そこへ更なる難問が持ち上がってきた。マネージャー役で同行して来た親父のシニアから次のような要求であった。

「日本のトップであるババには花を持たせドローマッチでも構わないが、ナンバー2のイノキともドローマッチではNWA世界チャンプとしてのプライドが許されない。イノキにはきっちり勝って、NWA世界チャンプの強さをニッポンのファンにアピールしたい! 

第一、2試合とも連続でドローマッチではファンも消化不良を起こすだけだろう。それとこれは小耳には挟んだ話だが、イノキは不意を突いてセメントを仕掛けてくる危ないスカンク野郎というじゃないか!? 」

このようにシニアに詰め寄られ沖は困惑した。
〈一体、誰がタレ込んだんだ!? こんな危ない噂を耳に入れやがって。猪木に恨みを持つ奴の仕業か?〉
密告者を探り出そうと思いを巡らした沖の頭の中には一人、二人、…ある人物の顔が浮かんで来た――。(簡易省略版、有料本文に続きます) 価格500円


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紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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