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「セメント集団リンチ制裁」決行寸前に猪木側近のボディーガードが制裁特攻別部隊に取った起死回生の行動~【馬場&猪木vsザ・ファンクス戦】~より一部抜粋転載

…猪木がダラ幹と指弾したこうした幹部連中はレスラーよりお手盛りで高給を食み、芳の里が月給○×万円(現在の貨幣価値に換算≒○×万円)、遠藤幸吉が○×万円、吉村道明○×万円、九州山が○×万円を超えると聞き若手たちは怒り狂った。ちなみに当時若手であったタイガー戸口の1試合のギャラは僅か○×円であった。

幹部たちはこの高給に加えて接待経費(飲み喰い代)は湯水の如く青天井の使い放題で、1ヶ月に○×万円を優に超えていたという(現在の貨幣価値に換算すると○×万円)。この当時の上田馬之助の1試合のギャラが○×万円であったというから、仮に年間160試合興行が立てば(人気下落と共に年間興行数は激減していた)○×万が年間収入であった。

上田が血ダルマで稼ぐカネがダラ幹の銀座豪遊(○×が銀座の高級クラブHに入り浸っていたという複数の目撃証言があった)の○×月分の額と同じと聞けば、腸(はらわた)が煮え滾る思いだったのは想像に難くない。坂口の後の証言によると○×は経費で○×を購入したという噂も耳に入っていたと語っている。

…リング上でなくリング下で異様な殺気を感じた猪木は、目の前のファンク兄弟よりもリング下で、隙あらば一気に集団で殺到する気配一杯のセコンドたちの様子が気になり、元よりタイトル防衛の全く意味のない試合だっただけに、テンション、モチベーションともゼロのまま試合に臨んでいった…。

同時刻猪木の控室には、○×の特攻別動隊(○×、○×ら十名近く)が猪木のクビを狙い、待ち伏せをしていたのであった。絶対絶命のピンチに猪木、ユセフ・トルコ、そして当時猪木の私設ボディーガード役をかって出ていた○×(当時、日プロ社員)が、制裁特攻別部隊に取ったある行動とは一体?(簡易省略版② 有料ブログへ続きます) 価格500円



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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

【馬場&猪木vsザ・ファンクス戦】インタータッグ戦の舞台裏で謀議されていた「猪木セメント集団リンチ制裁計画」の全貌

昭和46年12月7日、既に上田馬之助の密告で「日プロ・クーデーター計画」が露見し四面楚歌であった猪木は針の筵に座る状態であった。この日、札幌中島スポーツセンターではインタータッグ選手権試合を開催。王座チームの馬場&猪木に対し、挑戦者チームはドリー&テリーのファンク兄弟であった。

日プロ除名が決定事項であった猪木にとってタイトル防衛が何の意味を持たないことを知りながらも観客に対し、華々しくリングで散ろうと思案していたが、そこへ子飼いのプロレス記者と猪木親派であったレフェリーのユセフ・トルコから持たされた情報に身が凍てついた。それは芳の里が発令した「猪木セメント集団リンチ制裁計画」であった。

リングのセコンド陣は本来であれば子飼いの若手・中堅が囲むのが常であったが、この日は猪木親派の山本小鉄、木戸修、藤波辰巳が排斥され、大熊元司、ミツ・ヒライ、轡田友継、駒厚秀といったアンチ猪木派、馬場派子飼いの一派が連なっていたのである。それだけでなく、猪木も知らぬ恐るべき次の一手も綿密に計略され、ダラ幹の張本人と猪木から糾弾された芳の里の遺恨復讐劇がまさに火を噴く寸前であった――。(簡易省略版 有料ブログへ続きます) 価格500円




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紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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