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【シナリオ流出事件②】猪木もセメントで尻込みする相手として選ばれたジン・キニスキー~テレビ局が仕組んだ「馬場のタイトル海外流出」アングル~一部抜粋転載

昭和45年12月3日、馬場がジン・キニスキーに敗れたインター選手権試合。海外で奪回という大仕掛けのアングルが日テレの全面協力で計画された。その討議で馬場が譲る次期インター王座の人選が決定したのであった。

「馬場が負ける相手は格の上からもファンが納得するストロングタイプのレスラーでなければならない」「セメントに走ることなくシナリオに全面協力してくれる信頼の置ける者」「リターンマッチを最優先で応じ、ギャラアップの駆け引きなど不穏な行動に出ない親馬場派」といったいくつかの条件をクリアし選ばれたのがジン・キニスキーであった。

後に猪木は自著の中で渡米武者修行時代を語る中でジン・キニスキー戦をベストマッチだったと挙げている。日プロ時代にも惨敗しているどうしても勝てない相手の一人であった。日テレはテレ朝がリマッチの権利を馬場から略奪し猪木起用に密かに水面下で画策したが、その動きも想定済みであった。

万が一、猪木が挑戦という不測の事態を迎えることになっても猪木嫌いでセメントで猪木の野望をねじ伏せることが出来る実力を兼ね添えたレスラーとして知られており、「猪木もビビって手が出せない相手」と見ていた。先述したように猪木が一度も勝てなかったという絶対の自信もあり、馬場擁護派には最適の頼もしい味方であったわけである。

正月放映用のお年玉企画として周到に練られた今回の馬場のインター奪回戦であったが、その舞台となるロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムでとんでもない大チョンボ事件が起こったのであった。当地のプロモーターであったミスター・モトが善かれと思い行ったことがとんでもない大ピンチを迎えることに――。
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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

テレビ局が仕組んだ「馬場のタイトル海外流出」アングルで大失態!「プロレスはインチキ」の証拠流出事件が勃発

昭和45年12月3日、馬場がジン・キニスキーに敗れたインター選手権試合。当時のNET(テレビ朝日)で「天皇」と呼ばれ絶対的権力を行使していた三浦甲子二専務は日本テレビの氏家齊一郎社長、その領袖であった渡邉恒雄読売新聞社会長とは新聞記者(政治部)時代からの終生のライバルでもあった。

昭和44年5月から猪木を旗頭にプロレス中継に参入した時から猪木ー三浦ラインは形成され、猪木は虎視眈々と日プロエースの座を狙う野望と日テレが担ぐ馬場を蹴落とし、猪木を頂点にしたプロレスをテレ朝の看板にするという三浦の思惑が一致したのである。これは蛇足だが1983年(昭和58年)に勃発した新日クーデター未遂事件(猪木社長解任)の時に「猪木が辞めたらテレ朝は放送を打ち切る」と援護したのがこの三浦専務であった。

ディック・ザ・ブルーザー戦では思わぬハプニングが生じ、力道山の記録を易々と更新してしまったという負い目を感じていた馬場は「弱いのに馬場は勝ちすぎる!」とアンチ馬場派からの強い批判を受け容れ、今回は力道山の19回防衛記録の前にタイトルを失うことが決定事項となった。それがジン・キニスキー戦であった。

このストーリー作りには馬場支援派のトップグループである日テレが全面バックアップ態勢で臨み、正月放映の目玉企画として用意周到にプランは練られていったのである。それはテレ朝の策略、関与を排斥する思惑も含まれていた。

日テレが一番警戒したのが馬場が一時預ける形となったインターのタイトルをテレ朝が一部の日プロ幹部と謀って強引に再戦の権利を略奪し猪木起用への画策とキニスキーに鼻グスリを嗅がせ返還拒否に動くことをを阻止することであった。

だが日テレの完璧な馬場包囲網は功を奏しテレ朝に付け入る隙を与えなかったが、思わぬ所から綻びが生じた。何と馬場のインター王座奪回の舞台となるはずのロスマット界でアンチプロレス派(一般マスコミ等)が掴んでいれば「プロレスはインチキの八百長」の決定的な証拠が露呈するという大失態が生じたのである!――。(簡易省略版、有料本文へ続きます) 価格500円

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紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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