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事件の背景に潜む伝説の「グレート・アントニオ控室監禁鉄拳制裁」の全貌を未公開「門メモ」から真相を解き明かす〜【力道山セメント血風録】から一部抜粋紹介

力道山が潰したミスターXことビル・ミラーは昭和36年(1961年)4月27日。第3回ワールド・リーグ戦(5月1日~6月29日)に出場。続けて開かれたワールド・リーグ選抜シリーズ(6月30日~7月24日)にも参戦し、力道山とは3度大試合で対戦している。

1度目は5月23日、インター選手権(大阪府立体育館)。結果は1-1の後、両者リングアウトでドロー。2度目は6月29日、ワールド・リーグ決勝戦で舞台は同じく大阪府立体育館。結果は1-1後の3本目は力道山の反則勝ちで優勝トロフィーを握った。

セメント暴走した問題の3度目はシリーズ最終日の7月21日、インター王座12回目の防衛戦で場所は東京田園コロシアムであった。結果は2-0のストレートで完勝。1本目が13分55秒でカウントアウト。2本目、0分21秒試合続行不能、試合放棄でストレート勝ちを飾り、最後はマスクを剥ぎ取り正体がビルミラーと素性が明かされた。

言わば最後は用無しのボロ雑巾のようにセメントでズタズタにされ、マスクマンとしては2度と日本の土を踏めぬ力道山流の公開処刑の凄絶なリンチを行ったのであった。実際、力道山存命中には2度と日本マットに招聘されることはなかったのである。

何故セメントで潰されるほどミスターXは力道山の逆鱗を買ってしまったのであろうか。第3回ワールド・リーグ戦には今でもオールド・ファンが語り継ぐ伝説の鉄拳制裁事件が起きている。カール・クラウザー(ゴッチ)、アイク・アーキンスと共に密林王・グレート・アントニオを控室で袋叩きにした日本プロレス史に残る一件である。

その監禁処刑がどのような経緯を経て勃発したのか? 当時を現場で取材した門茂男が克明に記した「未公開メモ」からその真相を解き明かす!
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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

【力道山セメント血風録】ミスターXを潰した力道山「逆鱗の真相」

勝負論が無意味なものになった今のプロレスが疑似格闘技エンターテイメントショーと知れ渡り、感動することは消え失せ、楽しさや笑いを求めるモノへと変質していった事に力道山を知るオールドファンは違和感、空疎感を覚えるのも事実であろう。

力道山時代のプロレスは「技も少なく単調で今のプロレスの方が面白いし楽しい」と平成ファンは語ることが多いが、これは表層の一部を語っているだけに過ぎない。無論、昭和のプロレスにもシナリオは存在していたが、全てがWWEのように完璧に作り上げられたパッケージ・ショーでは決してなかった。

オーナー・レスラーであった力道山はプロモーター兼マッチメーカーの権限を一手に握るワンマン統帥者であった。この事は何を意味するか? 事前に勝ち負けが決まっているシナリオ試合であろうが、不服があればブック責任者として自由に勝ち負けを変える力があったということに尽きよう。相手の承諾がなくても一方的にセメントで潰すことも可能であった。

無論、このような試合を毎日行えばレスラーからの信任はなくなるし興行が不能になるが、場合に拠っては独断専行で許される権限を持っているのである。ファイトマネーが滞ることは1回もないだけにその辺の信用度は抜群であった。このワンマン天皇スタイルは「ベロ出しインチキ失神事件」に象徴されるように猪木に受け継がれたことはファンも先刻承知の事であろう。

「技も少なく単調で今のプロレスの方が面白いし楽しい」の本質は別のところにある。力道山プロレスはセメントへ流れる試合が非常に多かったという点である。いわばプロレス自体が未完成で発展途上の赴きがあった。ショーとして楽しく鑑賞する事とは相対する勝負論に対する拘りが、角界上がりのガチンコ好きの力道山にはあったのである。

必然的に「見せる」要素が少なくなり、ボディ・スラムの連発やショルダー・タックルで3カウント、フォールを取る試合であった。最後のフィニッシュ・ムーブとして空手チョップを喉笛に叩き込むシーンで完了となる。

このシーンを後に甦らせたのが猪木VSローラン・ボックとの一戦、「シュツットガルトの惨劇」呼ばれたセメント決戦である。猪木がボディ・スラムやエルボー・スマッシュでフォールされてしまうとファンに不安を感じさせるプロレスの原点を垣間見せた凄絶な闘いであった。

セメントの気配が放つ勝負への昂揚、こうした格闘技本来の殺気を持つレスラーが力道山であった。その力道山がほぼ3か月に及ぶミスターX(ビル・ミラー)との長い抗戦の中で、どのように怒りが頂点に達しセメント暴発してしまったのか? 一連の時間的経過を辿りながら徹底検証しその「怒り」の真相を解明する!
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【輝いていた昭和のプロレス/力道山セメント血風録】ミスターXを2-0のストレート勝ち~二度と日本の土を踏ませることはなかった怒りの真相

力道山プロレスを今のファンはどう捉えるのであろうか。空手チョップでの白人レスラーをなぎ倒すことで敗戦国・日本人の欧米コンプレックスを払拭した稀代のヒーローというイメージに収斂されるのであろう。

一方で日本初のセメントマッチで木村政彦を冷徹に潰したことでキラーの凄みを併せ持つフェイクでない格闘家の匂いを嗅いだのも事実であろう。

19回のインター王座の防衛戦の中にはそうした力道山のセメントが暴発した試合が何試合かあるが、今回はその中でも特に評価の高い試合であるミスターX戦を検証してみようと思う。
何故、セメント暴発してまで「ミスターXを日本追放」にまで追い込んでしまった力道山の怒りの原因とは?  そのミステリアスな背景を抉る!(有料ブログへ続きます) 価格500円

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ブロマガって何?
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紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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