スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

元レスラーが語るオフレコ話~シナリオ無しの試合は可能か?~

プロレスでセメント勝負といったら一般人がいきなり隣人を襲って命を取ることと同じですよ。それこそ殺人者じゃないですか! 相撲のガチンコ(真剣勝負)と同じようでプロレスでは違うんです。相撲はガチンコで勝っても対戦力士はまず、死にはしません。負傷の危険性は高いですが土俵を割るなり手を付くなり体を転がせばそこでストップ、試合は終わりです。つまり死を免れることができます。

それがルールというものなんです。殺し合いをルールによって制御し、格闘技をスポーツに昇華させたわけです。ボクシングでグローブを着けるのが良い例でしょう。素手で殴りあえばどうなるか…。凄絶ですよね。パンチを打つ方も骨折は間違いありません。プロレスは素手でパンチもキックもOKじゃないですか。その通りに行えば殺し合いになるでしょう。そうしないのがショーである所以です。手加減して効いたように見せるのが似非格闘技ショーの原点ですよ。

そもそもプロレスは5秒内なら反則も許されること自体、八百長ルールですがその場合ブッチャーのようにフォークでメン玉や脳天、金玉、心臓を突き、刺し殺せばいいわけじゃないですか。理屈ではそうなりますよ。こんな殺し合いがリングで本当にできると思いますか?リング上のアクシデントは罪に問われないですが、それはショーを演じててミスった時の場合に限るはずですよ。故意にフォークで刺し殺したら立派な殺人罪になりますよ!

もちろん、これは半分冗談で言ってますが、凶器禁止、反則厳禁の場合のガチンコ試合は想像できますか? 普段、見ている試合とはまるで違う異質な内容になるでしょうね。グラウンド中心の関節技の応酬…アマレスのような試合運びというのが基本ではないでしょうか。アマレスはガチンコスポーツですからそこに収斂されていくのは一つの事実でしょう。プラス相撲であり、柔道空手、サンボといった個人格闘技の要素が含まれていくでしょうね。

そうするとバーリ・トゥードのアルティメット、MMAの姿が浮かび上がってきます。ここで大きな問題となってくるのが先ほども俎上に上った素手を認めるかどうかです。打撃系ですと素手を認めると凄絶な修羅場と化します。もはやスポーツではありません。文字通り、殺し合いでしょう。

では掴めるグローブを着用かと言いますが、これも中途半端でレスラーには不向きです。もちろんルールで打撃を厳禁できますが、そうしますと他の格闘技(オクタゴンのUFC等)に変容し、レスラーが闘う進化したシリアスなプロレスの試合にはならないわけです。ここが大きなネックではないでしょうか。それだったら最初から他の綜合格闘技を見ればいいだけです。そうすると技術はそちらの方が長けているわけですからレスラーが闘うものではないと思うんです。

ファンが望むプロレスの試合とはシナリオ無しのエンターテイメントではないでしょうか。勝ち負けは事前に決めておかず、それこそ、その時の技の限界を競い負けたという自主判断・納得を持ってフォールなり、ギブアップをして終了という試合システムです。これにはレフリーがとても最重要となります。レスラーが効いた振りのインチキを瞬時に見破り、戦いの続行を即す冷静な格闘家の判断能力が要求されます。

疲れたといって3カウントされることを図るレスラーも続出するでしょう。これを防ぐには前にも述べましたが勝利の意義を持たせることでしょうね。勝利勝率がギャラに反映されるシステムにすべきなのです。つまりプロレスを限りなくスポーツに近づけたエンターテイメント・ショーに脱皮させることが、プロレス復興の道であると思うんです。「勝てばギャラがアップ」が原点ですよ。

これまでのプロレスの楽しいプラスの要素は残しつつ、弱い者は負けるスポーツの当然の定理・原則を導入し、厳守する方向で歩めば必ずファンは支持してくれるはずです。

力道山のプロレスは試合中に何度もセメントが生じ、レフリーがそれを抑えながらプロレスを進行させたと聞いています。見せ技のダイナミックな要素を残しながら痛め技で戦意を無くさせ決め技でフォールするという草創期の姿に戻るべきなんです。

相手を痛め技で自分の実力の優位を知らしめて相手がそれを納得してから決め技でフォールという試合の流れが完成します。これだと勝負は配役で決めるのではなく実力で決まるというスポーツ性が重視されます。

シナリオでAの勝ちが配役されていてもAの技が鈍重で痛め技にも納得させる力が無いと対戦相手のBが不服であれば、レフリーが次に配役を交代しBがAに痛め技を駆使しAの戦意を喪失まで追い込めば、その時点でAが自ら負け役を認めたことになり、それをレフリーも同じ判断を下せば、後はAが見栄えのある華麗な決め技でフォールするという…つまりは シナリオ変化のセメントテイストのプロレス誕生です。これこそが一級のエンターテイメントではないでしょうか。


スポンサーサイト

テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

恐怖のセメント試合~日本プロレスで決行される前夜のある風景~

力道山没後の日本プロレスは当初の不安を吹き飛ばすほどの活況を見せある時期までは順風満帆だったといっていいだろう。豊登&猪木の東京プロレス旗揚げという事件も発生したが盤石不動の日本プロレスの敵ではなかった。豊登のギャンブル癖と無計画性などで僅か半年足らずで自滅していった。

その後、吉原功が代表を務める国際プロレスが誕生し、TBSが(後にテレビ東京)が全面サポートしたが、こちらは日本人エース不在でライバルといえる存在には最後まで成り得なかった。日プロ人気は多彩で厚い選手層を誇り揺るぎないものであった。ハナから格が違い国際プロレスが太刀打ちできるはずもなく、圧倒した存在で君臨した。

チャンピオンの座に納まり、興行も大入り満員が続き我が世の春を謳歌していた馬場であったが、その水面下では猪木一派、大木一派、吉村一派、そして背広組幹部の芳の里淳三、遠藤幸吉が代表的派閥の首領たち魑魅魍魎がそれぞれの思惑を抱え、裏に回り表に回り深謀遠慮の日々を送っていた。

もっともこうした派閥グループも一枚岩でなく己のポジションを有利にしようと離合集散、保険用に二股三股、八方美人を装い実は裏でマッチポンプを演じることも常であった。「明日の敵は今日の友」も決して珍しい事ではなく、年功序列の弊害、人事派閥抗争に明け暮れ様々な思いを秘め呉越同舟…が日本プロレスの一つの裏面史であった。これにハグレ狼の上田馬之助、松岡厳鉄などの小姑が絡み合い、その存在を示威する風景が見てとれた。

実力でトップの座に就ける世界でないだけに、「セメントでやればオレの方が強い」という実力者の自負心がいつも負け役の道化師に徹する自分がミジメに思えてくるのが人の感情であろう。チャンピオンを支える捨て石たちの不満は日増しに高まり、いずれその沸点は頂点に達する。木村政彦しかりアントニオ猪木しかり大木金太郎しかり前田日明しかり…歴史は繰り返す―。

「いつまで強いチャンピオン面しているんだ!」「セメント勝負も出来ない腰抜けチャンピオンのくせに!」「良いカッコしてマスコミがチヤホヤするのは誰のお陰か知っているのか!」「負け役のオレ達が派手な負けっぷりを演じてやっているからこそ木偶の坊のお前でも強いチャンピオン役でいられるんだ!」

スポーツの格闘技勝負世界であれが力でねじ伏せることができる。自分の強さを示すことで相手を服従させる弱肉強食のアニマル世界と通じるものがある。嫌な相手でもその実力は認めざるを得ない厳格な上下関係、身分関係が存在する。だが、実力ある者がイコール王者でない似非格闘技の世界では客を集められる者が実力に関係なくチャンピオン役を演じることができるのである。

「あんな弱い奴の下で何故オレが負け役を演じなければならないんだ、ふざけるな!」

この鬱積したジェラシーたっぷりの不満が爆発し、やがて実力行使に動いていく。絶対的ワンマンでセメントでも強かった力道山の独裁権力者ぶりに比べ、この時代の日本プロレスは秀でる者がおらず芳の里、遠藤、吉村ら幹部の合議制を執っていた。そのことが派閥を助長させ、水面下の駆け引きを促し、馬場、猪木の台頭に歩調を合わせるかのように意見が衝突し、爆発するのは時間の問題であった。

チャンピオン派閥のレフリーを寝返らせタイトル強奪…外人レスラーに鼻グスリを嗅がせシナリオ破りの鉄拳制裁…リングを囲む選手を全て子飼いの鉄砲玉で固め集団リンチで戦意喪失…セメントマッチで日本一を決めようとチラシ屋を総動員…思い当たる試合がいくつか想起するに違いない。様々な手練手管を駆使し裏切りの象徴でもあるセメント試合が決行されることになったのであった―。
(この稿、続く)



テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

八百長ショーのプロレスに恐怖のセメント試合が生まれる背景①

疑似格闘技ショーのエンターテイメントがプロレスの正体である。勝敗はレスラーの実力の結果ではなく、興行の便宜上、全試合を時間切れ引き分けにするというわけにもいかずに存在するだけで、いわばオマケのようなものである。勝つことが意味をなさない世界である以上、八百長も存在し得ない世界である。

その八百長ショーであるプロレスにガチンコのセメント試合が存在するとは、一体どういうことかと疑問や不思議に思う声もあるようである。確かにシナリオ無しやシナリオ破りの死と隣り合わせの恐怖が牙を顕わにする普段見る予定調和の欠伸試合とは全く異質の「デスマッチ」が存在する。そうしたレスラーですら小便をチビるシナリオ無しの殺人試合が遂行される時には必ず泥沼の欲に絡んだ人間の生臭い妬み嫉みの背景が隠されていたのである。

スポーツ勝負世界、個人格闘技として一番身近な例としてここでは相撲、ボクシングを取り上げるが、その格闘技世界では厳格な序列・ランキングが横綱・世界チャンピオンを頂点に勝敗の実力によってランクが組まれている。勝つことで地位も名声も富も手に入れることができる世界だ。

先日行われた世界バンタム級タイトルマッチの亀田興毅vsのダニエル・ディアス(ニカラグア)戦は酷い試合であったが、八百長と文句を垂れるファンもマスコミもいなかった。亀田より完全なる格下(同級14位)で一年余りの実戦から遠ざかるブランクがあり、誰が見ても亀田が勝てる相手をみつけてきたマッチメイクの勝利だろうが、それでも100%の勝利が事前に約束された出来レースではなかった。それではイコール八百長試合である。だが99%の勝ち予測はできても1%の不安が残るのが今回の亀田戦、スポーツ格闘技勝負の世界である。

プロレスはガチンコの強さがイコールチャンピオンではない。弱い人間でも興行的価値の高い選手がチャンピオンに成れる世界である。この勝ち負けに拘る人間の性がこれまでのプロレス独立騒動の根底に流れる負の面妖の塊である。ドロドロの妬み嫉みが渦巻き、実力も無い(弱い)のにチャンピオンの座に着き、カネも手に入る…この反撥感情が嫉妬と混ざり合い絡み合っているのがプロレス村である。

実力で王座交代が成されない世界がエンターテイメント・似非格闘技ショーの負の部分である。なまじ格闘技という見せ掛けの衣装を纏っているばかりに若いファンの中には、実力で王座交代や強者が王座に就くものだと未だに誤解や勘違いを生んでしまっている。いやレスラーの中にもなまじ実力があるばかりに負け役を演じることに不満を覚える役者として失格・落第な選手もいる。素人のファンが騙されるのは詮のないことかもしれない。これは不幸なことである。臭い物にはフタをして隠蔽する体質がプロレス界には残されているわけだ。

実力でトップに就くことが出来ぬ時、馬場・猪木の確執に代表される過去の歴史が示す通り、レスラーが選ぶ道は策略・謀略を図りクーデターを起こし引きずり降ろすか、別天地に亡命し自分がお山の大将に収まるという定番の図式がある。この流れは正に一国の流れの相似形でもある。ゆえにプロレスは人生の縮図と称されるのであろう。

自分で団体を作りお山の大将に君臨すれば、自由自在、好きなように運営ができる。興行の柱となるインチキな冠タイトルを作りそのチャンピオンに収まる。悲願であったエースの座も掌中に入れ、ギャラ配分も思いのまま。子飼いレスラーたちの配役を考え、シナリオ作成も自分の好きな筋書き通りに組み立て進行できる。

ベロを出して失神したように装い幹部レスラーやレフリーにも筋書きを教えず騙し、自分はタンカで運ばれるという三流劇画顔負けのストーリー展開も可能だ。マッチメーカーとして見せ技の凄さや強さを、より劇的に印象付ける演出も対戦の外人選手にボーナス手当を奮発すれば筋書き通りに演じるのがレスラーの仕事・役割である。必殺技・得意技・看板技はこうして相手レスラーとの協力・信頼関係の上で生まれる寸法だ。

アームブレーカー攻撃で腕が折れたような苦悶の表情や態度を演じるように指示し、翌日からギプスを巻いた姿をファンの前で見せればこの芝居は完璧であろう。このストーリー展開なら嫌が応でも次の興行ではリベンジ・復讐戦だと盛り上がる。チラシ屋の御用聞き達がここぞとばかりにPRヨイショ記事で全面協力。どんな復讐戦になるか? 「足の骨を折ってやる!」とでもリップサービスすればファンは大喜びで会場に足を運ぶ…この丁々発止の循環サイクルこそがプロレス興行の流れの原形であり図式である。

だが誰もが負け役に嫌気がさし、お山の大将に就くばかりで団体の乱立と混乱を招き、お手盛りチャンピオンの粗製乱造で魅力も興味も半減、派手で子ども受けする大技見せ技連発の田舎のサーカス的レベル内容は三流サル芝居と変わらず、目の肥えたファンは愛想を尽かし離れていった。それが今のプロレス界の沈滞に連綿と続く連鎖の現れであろう。

一人のボス猿の回りには隷属の手下猿しかいない。敵対する猿軍団がいないワンマン王国…その状況下ではセメント試合は発生しない。一方、各派閥が割拠し鉄砲玉を配下に抱え相手の首を隙あらば掻き切ろうと権謀術数の詭計を張り巡らし、魑魅魍魎、百鬼夜行のくせ者たちが奸計策謀を水面下で企み、熾烈な火花を散らしていた日本プロレス時代…であればこそ、シナリオ破り・シナリオ無視のセメント試合が行われる条件が揃っていたのであった―。
(この稿、続く)




テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

ブロマガ

紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

ブロマガ記事一覧

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
スポーツ
1290位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
格闘技
77位
アクセスランキングを見る>>
ブロマガ購読者向けメールフォーム
FC2アフィリエイト
国内格安航空券サイトe航空券.com
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。