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【馬場と猪木 日本プロレス史⑥】 最期まで確執に生き貫いた壮大なプロレス人生の最終譜(第3話)

東京プロレス参加の自省から自ら馬場の肥やし役を買って出た猪木であったが、その忍耐も昭和44年第11回ワールド・リーグ優勝、同12月NWA世界選手権保持者ドリーファンク・ジュニアとの60分ノーフォール・マッチの歴史に残る名勝負を演じ、限界を迎えた。「人気の馬場」「実力の猪木」という世評が高まり、ファンを二分するほどの盛り上がりを見せ、猪木自身もその渦中に自ら飛び込んでいったのである。

選手会長(トップ)がインター(ナショナル)王座、ワールド・リーグ優勝者という日プロの不文律の掟(闇のルール)の一端を崩した猪木(11回ワールド・リーグ優勝)だったが、馬場一派の巻き返しは強く、「インター・チャンピオンだけがワールド・リーグ優勝者の権利がある」と強行に主張。二人の仲は一層亀裂が深まっていった。

「ワールド・リーグ馬場優勝」路線を固守するために外人招聘窓口の責任者だった遠藤幸吉は、セメントでも猪木を潰せる親馬場派で猪木が不得手とするドン・レオ・ジョナサン、クリス・マルコフ(前回準優勝)、ダッチ・サベージといった猛者たちを馬場の防波堤要員として選んだ。

本戦ではジョナサンから勝ち星を得た猪木ではあったが、馬場包囲網のカベは厚く、この年の優勝は予定通り馬場の手に渡った。次を逃したら「一生馬場の風下、肥やし役で終わってしまう!」と危機感を募らせた猪木は自ら自身の退路を断つ覚悟で挑んだ13回ワールド・リーグ戦であった。

しかし、馬場擁護の組織防衛に走る日プロ幹部たちは八百長クジ引き、デストロイヤー「セメント阻止戦」(別稿で詳しく紹介)といった裏で猪木潰しの計略を謀り、表面では正式な「馬場への挑戦状」を「時期尚早」の一言で門前払いを喰わせた。それは猪木(一派)を蚊帳の外に置く村八分の状況を生じさせることでもあった。

この二人の確執の背景にはテレビ局が大きく影響を及ぼしているのは、誰の目から見ても明らかであった。力道山時代から日本テレビと二人三脚で強力なパートナーシップを組んでいたが、止まることを知らぬプロレス人気、当時は視聴率も常時30%を超え、年間興行数も200試合を超える我が世の春を謳歌していた時代であった。

そのプロレス人気にあやかろうと横から札束で強引に割り込んできたのがNETテレビ(テレビ朝日)であった。カネの魔力には抗うことは出来ず、昭和44年5月から放送は始まった。日本テレビへの妥協案とし馬場と坂口征二(昭和42年入団)の二人の試合は日テレ独占、NETでは放送しないという契約で納得させたのであった。

当時の放映料は年間契約料3千万、1試合放送料は500万円だったと言われている。年間54週と計算すれば2億7千万が日プロの金庫に収まった勘定になる。日レレは馬場、NNETが猪木を看板に2局でプロレス放送が開始。毎週ゴールデンタイムにプロレス放送が2回見られ、喜ぶファンは多かった。(国際プロレスを含めれば週3回!)

猪木を大スターに祭り上げるには看板のシングルタイトルがどうしても不可欠と判断したNETはNWAへ多額の権利金・保証金を支払いUN(ユナイテッド・ナショナル)タイトルを作成した。この頃からであろうか、チャンピオンの粗製濫造が始まり、タイトルの価値が失墜していき、それに併せるようにプロレス人気にも翳りが生じてきたのであった。

NETテレビがビッグマネーを支払い猪木個人用に作ったこのUNベルトは、後に日プロ崩壊を経て全日のジャンボ鶴田の専用ベルトになるという皮肉な因縁を持ち呪われたベルトの異名を有す不吉なチャンピオン・ベルトと呼称されるようになった。猪木は日プロを追放、鶴田はB型肝炎発症、臓器移植のショックで死去という忌まわしい事実から出た話であるのは言うまでもない。

新日設立後、ベルト無しで興行的に苦戦を強いられている猪木をバックアップしようと、NETは非公式に日テレにUNベルトの返還を申し出たが、日テレ側は「猪木が自ら返上したタイトルで、その所有権・使用権は日プロから(吸収合併した)全日に継承されたもの」という建前論を崩さず一銭も払わずタダ取りしてしまったのである。NET側も終始、建前の正論で攻められては「カネを出して(UNというインチキ・ベルトを)作ったのは我々NETだ! 所有権も使用権もウチが有するものだから返せ!」という本音も言えず、渋々引き下がったのであった。

日本テレビ専用インターの王座に収まる馬場、一方のNETテレビ用のUN王座に着く猪木の二人の様子は、傍目にはカネの腐臭がプンプンするブリキのオモチャを宛がわれ喜々とする猿山のボスのようで滑稽そのものであった。マスコミ用のリップサービス以外は互いに口も聞かず、派閥の首領に収まり子飼いの手下レスラーたちに囲まれる様子は暴力団のそれと変わりはなかった。こうした二人の関係を見れば誰の目にも瓦解は時間の問題と映った。

プロレス新聞の記者たちも馬場派、猪木派に分かれ露骨な中傷合戦、小遣い銭欲しさに今日は馬場のヨイショ、明日は猪木のフンドシ担ぎといった魑魅魍魎の化かし合いや足の引っ張り合い、裏切りやスパイ合戦が繰り広げられていったのである。

そこへプロレス界を揺り動かす大激震が走った――。

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テーマ : プロレス
ジャンル : スポーツ

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No title

はじめまして。いつも、「ハラハラ、ドキドキ、ワクワク」しながら御拝見させていただいてます。

Re: No title

ご精読、ありがとうございます。
ネタが尽きるまで猪突盲進の覚悟で突っ走ります。
最後までご愛読お願いいたします。

No title

まさかUN王座のことまで書いちゃうとは思いませんでした。
こうなったら全部書いちゃうのを期待してます。

Re: 深謝

ご精読、ありがとうございます。
ご存じのようにUNタイトルはNET(テレ朝)が大枚をはたいて猪木用に作ったタイトルでした。
それが猪木が日プロを追われ、UNタイトルは日テレのものに。
使用権は日プロ、全日と変わっていきましたが本来の所有権はテレ朝にあるはずで、新日旗揚げ間もない頃は看板タイトルがない為に非公式ですが、テレ朝から日テレに譲り渡すように要求があったようです。
しかし、本来は日プロ管理下にあるタイトルなので、日テレは関係ない、と突っぱねたようです。
このUNタイトルは日プロ崩壊のドサクサに乗じて社長の芳の里が個人的に2百万で馬場に売り飛ばした経緯がある日本プロレス界では因縁曰く付きのあるタイトルです。

UN王座に

関しては別冊宝島「プロレス読本VOL2」において流智美氏が「呪われつずけたチャンピオンベルト”戸籍なき継子”はかくして「三冠ベルト」と
相成った!」という記事において通常のプロレスマスコミが書かなかった
(書けなかった?)UN王座「出生」秘話について赤裸々に(笑)書いていたのが印象に残っております!
「戸籍なき継子」といのはけだし名言ですね!
それにしても「バカ殿様」(笑)はワール・ドリーグの優勝トロフィーのみならずUN王座も売却していたとは驚きであります!
全日がアジアタッグ王座を復活させた時も「バカ殿様」は暗躍!ゴング誌上で門茂男先生は激怒されてましたね!

Re: UN王座

流智美氏が書かれた「プロレス読本VOL2」は残念ながら読んでいません。本名は宮本厚二で、国際プロレスの熱心なファンで若い頃、会報を作っていた、年齢も小生とほとんど変わらない方だった方という記憶があります。直接、面識はありませんでしたが、門茂男氏とも付き合いがあった方です。近年はルー・テーズ研究で知られているようですね。
UNはホントに呪われたタイトルです。別の読者の方にも答えましたが、出資者であるNET(テレビ朝日)が有す所有権を、日本テレビが横取り(タダ取り)したとんでもないタイトルです。NETが非公式に「返せ」といった気持ちも当然でしょう。しかし、これを表沙汰にできないところが、プロレスの恥部を自ら暴露することになるジレンマ、自家撞着に陥るところが忸怩たる思いであったところでしょう。
ブロマガ

紹介文:門茂男主宰のユニオン元会員で、同氏には長年に渡りご交誼を賜った。ライフワークであった「ザ・プロレス365」の未発表を含む取材メモを見せて頂き、その要点を再構成した「門茂男メモ」と数名のプロレス記者から入手した情報をベースに記した昭和プロレスのテーマに迫ります。
ミスター高橋の「流血~」本で白日の下に暴かれたプロレスの実像ですが、単なる暴露もので終わるのではなく、門氏が追及したレスラーの人間性にまで同じように迫りたいという思いです。

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プロフィール

シンタロー

Author:シンタロー
プロレスのテレビ初観戦は小学生前の幼少期に祖父宅で見た力道山プロレス。その当時、一番印象に残っている試合は降参しないと足が折れると技の恐ろしさを足4の字固めで教えてくれたザ・デストロイヤーや、吸血鬼を連想させる噛みつきで相手を出血させるレスラーの怖さを知らしめたフレッド・ブラッシーよりも、幼心にはコミカルな妙技で笑い転げたミゼット・レスラーとのタッグマッチであった。それは祖母が馳走してくれた三ツ矢サイダーの味と共に脳裏に刻まれている。放送日の詳しいことは不明だが、昭和35年8月にミゼット・レスラー(名前は不詳)初来日の記録がある。テレビ観戦がその時期のどの試合であったかは今となっては調べようもないのが残念である。
一般総合雑誌・書籍編集者として多数のプロレスや格闘技関係の企画立案に参画し、馬場、猪木、大山倍達、木村政彦を始め多くのレスラーや格闘家を取材。プロレス界のご意見番・門茂男氏とは編集ジャーナリストの大先輩として長年に渡り公私ともども御交誼を賜った。お会いする度に未整理、未発表の「ザ・プロレス365」のラフ原稿を見せて頂き、同時に門氏が口頭で語った様々なある事件の真相や噂(裏付けが未確認)を氏の了解を得てノートにまとめ「門メモ」として所有する元ユニオン会員。

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